お互いの愛がまずあって、そのあとに個人の環境とか経済状態などの
条件が問題になってくる、というお話は、とても説得力があります。
確かに、「理想」の結婚とは、愛およびその他の様々な条件がすべて
揃ったものなんでしょう。
でも、果たしてそういう様々な条件が揃ったものなん、あるんでしょ
うか?私は、そういうものは「ない」と最初から諦めた方がいいと思
います。
第一、「お互いが愛し合っている」というたった一つの条件だけで
も、奇跡としかいえないくらいに大きな条件です。(もちろん、ここ
で「愛している」とはどういうことで、どれくらいの程度の感情を愛
と呼べるのか、そういう大問題には、ここでは触れませんけど。)
ですから、曲がりなりにも相思相愛という条件さえ満たされていれ
ば、その他の様々な条件が満たされるようなことは期待しない方がい
い、と私は思っています。なんせ、片思いさえ、さほど頻繁には起こ
らないものです。
もちろん、「この人は悪くない人だ。一緒に生きていけばそれなりに
幸せになれるだろう」という程度の思いを愛と言うなら、それくらい
の思いをお互いに持つことはよくあるでしょう。でも、その程度の思
いなら、そのあとに数年あるいは数十年のあいだに起こる数々の逆境
を乗り越えるに十分でしょうか?私は疑問に思っています。
率直に言って、「愛」以外の様々の条件(つまり個人の環境とか経済
状態とか、相手の職業とか)を吟味すること自体、相手を「愛してい
ない」証拠だと思います。不純だと思います。曲がりなりにも相手を
「愛して」いれば、相手のいろんな条件を考えたりするでしょうか?
言いすぎでしょうか?もしそうなら、ごめんなさいね。
|