米国ローカリゼーションレポート from シリコンバレー

米国ローカリゼーションレポート from シリコンバレー

あれから2年

シリコンバレーに来て2年半になる。NYで起きた9月11日の事件の3ヶ月前である。景気は頂点を過ぎた感はあったが、サンフランシスコ郊外に広がるシリコンバレーの住宅は2LDKなら日本円で20万円以下のアパートは無かった。そんな中での予想だにしない事件の日は出張中だった。帰宅した時に見上げたカリフォルニアの空は、真っ青に澄みわたり平穏そのもので不思議に感じた。

景気は予想通りの展開であったが、最近のシリコンバレーの経済は少々上向きになったと報道されている。確かにジョブフェアや数々の求人広告を出しているハイテク企業も、また現れている。しかし、翻訳業界はどうだろう?ATA(American Translator's Association)の会議に参加すると、「サンフランシスコやシリコンバレーは日英の翻訳者が世界的にみて多い場所。」と何度も言われた。確かに永住権を持っている日本人も多ければ、人種に関わらずハイテク系の専門職で着々とスキルと学歴をつけた外国人が目立ち、その中から翻訳を始める人も珍しくない。

歓迎

この言葉が冒頭にきたファイルをもらったのは、2002年に入ってからだった。
「編集をおねがいします。日本支社からクレームがきてしまって」との電話で入った仕事。お決まりの「ようこそ」や、製品名で始めるタイトル部分に「歓迎」。読み進めるうちに「自動翻訳ソフトを使ったのか?」という推察から、すぐに「日本語ネイティブではない翻訳者」だと分かった。大手ソフトウェア企業でローカライズに関する様々な作業をした私は、クセのある翻訳の校正・編集も行なった。また、練習のため恥かしいような自分の翻訳も修正してみたりした。そんな理由で、フリーランスとなった現在も編集の仕事は数多くこなしている。しかし、こんな奇妙な翻訳は初めて。外国人用の日本語教科書にある文章を貼り付けたような、奇妙なスタイルだった。シリコンバレーに翻訳者が存在するにも関わらず、ここに本社を置くIT企業は海外へアウトソース(外注)を始めたのである。

アウトソーシング

企業の技術部門を労働コストの低い国へアウトソースする記事は目にしていた。また、アウトソース先の国から、早々に引き揚げた企業も知っている。アウトソースする最大の理由は、経済的なことであろう。技術系の例を取ると、インド、中国へのアウトソースが目立つ。インドでは、毎年、何十万人も工科系大学を卒業する。新しい知識を持ったこの新卒達の給料は、時間給にするとアメリカの10分の1とも言われる。これらの国の翻訳会社は景気の勢いに乗り、積極的にシリコンバレーの会社に働きかける。「日本語−英語の翻訳もできます!」という謳い文句に、翻訳会社は下請けに採用し、予算や決定権を握るIT企業のVP達は(各部門の副社長)、すんなりと決定する。

結果は如何に?

私はその仕事を受け作業を進めた。しかし、用語は普段見かけない訳し方で、カタカナが多いソフトウェア分野だが綴りの多くが間違っている。クレーム付だったこともあり、一字一句逃さないように読む作業を2度繰り返した。日本語ネイティブが訳していないと気付いた時点で、電話をして「作業時間が予測しづらい」ことを知らせた。担当者は日本語には無縁のアメリカ人で、翻訳の質に関して印象を伝えると、やはり日本でも英語圏でもない国にアウトソースしたと語った。私に支払う賃金は予想外の出費であり、賃金が安い国にアウトソースした意味がなくなる。担当者は困っていたが、仮設定された時間では足りるわけもなく、まだ1日目だったこともあり「断るべきか?」と頭によぎった。結局、2倍の時間をもらった。

和訳は日本語ネイティブが一番だとは限らないし、外国語に臨む翻訳者のために市場をオープンに保つことは、まさに「歓迎」である。実際に完璧なバイリンガルも身近にいる。しかし、米国企業のアウトソースは技術系の職業のみでなく、他の業種にも及んでいる。翻訳もその1つであるが、雇用の面を考えると回復が遅い現在の経済に影響する。そして質が安定しないという課題を、どのように克服するのか観察していきたいところである。海外への雇用アウトソースはいつまで続くのか?その結果はいかに?

著者略歴   棟本ゆき     ローカリゼーション・スペシャリスト
96年から米国の大手ソフトウェア企業のローカリゼーション部門に勤務。その後、シリコンバレーでフリーランスとして業務を開始し、現在は翻訳・製品テストを中心にIT関連の通訳業務も行なう。

※この記事のオリジナルは、日外アソシエーツ発行の『読んで得する翻訳情報メールマガジン・トランレーダードットネット』に掲載されたものです。最新記事の購読は「メルマガ購読希望」と書いてこちらまでお申し込み下さい。

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