一口に翻訳の仕事と言っても、SF、ノンフィクション、字幕、吹き替え、契約書、特許、マニュアルなど各種ある。その中でも、一般の企業活動で発生する翻訳需要を対象にするのが産業翻訳(ビジネス翻訳)というジャンルだ。
勤務形態には、一般企業の翻訳関係部門で働く社内翻訳者、人材派遣会社から企業に派遣される派遣翻訳者、翻訳会社の社内に勤務するインハウス翻訳者、翻訳会社などに登録して在_宅で働くフリーランス翻訳者などがある。
フリーランス以外の翻訳者の生活、収入等は一般の派遣社員や契約社員と大差ない。労働時間や年収は常識的な範囲内にある。一方、フリーランス翻訳者の労働形態は典型的なSOHOである。収入は文字通り働いた分しか得られないので個人差が大きい。下は年間数十万円程度から、トップクラスになると大卒サラリーマン並の年収を翻訳だけで稼ぎだしているプロも実在する。しかも、年齢、性別、学歴、職歴などにはまったく左右されないので、完全な実力主義の世界だといえる。
ただし、一般に翻訳で生計を立てていくためには、休日返上の長時間労働を強いられることが多いのも事実。私自身も、人に仕事のことをたずねられると、自嘲的に「年中無休24時間営業です」などと答えている。恥ずかしながら、豊かな暮らしをしているとは言えない。つまり、同じ年収のサラリーマンに比べると、翻訳者の時間単価はさほど高くないのである。また、デフレ不況下、翻訳単価の大幅な下落により翻訳を生業とするのが年々難しくなっているといわれている。
では、主婦(夫)業との兼業で翻訳の仕事をする立場ならどうだろうか。女性(男性)が家事や育児と両立できる仕事を見つけるのは今の世でもやさしくないが、翻訳なら完全に自_宅でできるので負担も少ない。生活基盤が配偶者の収入である場合は、ゆとりを持って仕事ができるだろう。時間売りのパートなどに比べれば、仕事自体に魅力があり、収入もずっといい。それに翻訳家というステータスが手に入る。これほど魅力的な知的職業はないだろう。
成功するためには、なんと言っても翻訳能力(外国語能力、専門知識、日本語文章力)が最も重要な要件である。職人仕事なので、腕のよし悪しがものをいう。ただし、高収入を得るためには、営業センス(人脈構築力、売り込み能力、情報収集力)も軽視できない。プロの翻訳者は掲示板やメーリングリストなどコミュニティを利用して、仲間を作り、活発に情報交換をしているが、これも営業活動の一環だと考えられる。
翻訳の仕事を始めるのに特別なライセンスは必要ない。誰だって実力さえあれば独立開業できる。英検などの語学検定や、翻訳関係の検定試験に合格していれば確かに一定の能力がある証にはなるが、それで翻訳者としての実務能力が保証されるわけではない。ほとんどの場合、履歴書に花を添える程度の効力しかない。
業界ではトライアルと呼ばれる翻訳技能テストの結果で翻訳者の採否を決めるのが一般的である。公募の場合、その合格率は1〜2%と言われ、かなりの狭き門になっているようだ。トライアルに合格しても仕事の依頼が来るとは限らない。とりあえず、その会社の翻訳者として登録してもらえるだけである。ベテラン翻訳者が手一杯になったなどの理由で、運良く仕事が回ってきても安心はできない。一度、仕事を受けたが、品質が良くなくてそれっきり切られてしまうケースが非常に多いからだ。本当のトライアルは、最初の仕事で、リピートオーダーがきたら合格と考えた方がいい。
産業翻訳者になる方法は色々考えられ、特に定石のようなものはない。ほとんど準備らしいことはしていないのに、いきなり第一線で活躍している人もいる。それでも、実社会経験で身につけた知識が必要になることが多いので、大学を卒業してすぐにフリーの翻訳者になろうというのは無謀だ。
一番確実で失敗がないのは、一般企業の翻訳部門や翻訳会社に勤務して、現場で実務経験を積むことだろう。翻訳業界のしくみを学べるし、人脈もできる。自信がついたら、頃合いを見計らって独立すればい。
直接、翻訳に関係のないセクション、たとえば海外業務、貿易事務などの職場での経験も有効だ。業務で得られる専門知識や、ビジネス社会のルール、異文化への理解などが様々な面で翻訳に役立つからだ。
技術職に就いていて語学に堪能な人なら、翻訳者としても即戦力として期待される。特許を扱う特許事務所に勤務して特許翻訳者を目指すのも手堅い方法だろう。需要が多いので、比較的短い準備期間でプロとしてやっていけるようになる人が多いようだ。
単価が下落してしまった現状では、フリーランス(個人事業主)が翻訳会社等に登録し、下請けで仕事を請けているだけでは限界があって、収入を伸ばしていくのは難しい。
たとえば、法人格(有限、株式など)を取得して、翻訳エージェント兼翻訳者として営業する方法がある。ソースクライアントとの直接取引(中抜き)を増やしていけば、中間マージンのない有利な条件で仕事を請けられる。この場合、仕事を常時大目に確保しておいて、自分の仕事がない期間を極力なくし、自分で処理できないオーバーフロー分を外注に回すという手も使える。
現在の職場が語学にまったく縁のないところなので、どうしたらいいのかわからないという人には、翻訳学校の通信教育や通学コースをお勧めする。初心者でも基礎から体系的に翻訳技法を学習することができるからだ。通学コースは平日の夜間や週末に開講していることが多いので、会社員でも無理なく受講できる。勉強仲間がいるので学習に張り合いがある。講師の信頼が得られれば個人的に下訳を依頼されるケースもあるようだ。
たいていの翻訳学校では、優秀な成績を修めると関連の翻訳会社から仕事の斡旋を受けられるシステムになっている。本当に仕事がもらえるのかと疑う人もいるが、筆者の知る限り、大手の有名翻訳学校では、優秀な修了生に一応仕事を世話しているようである。それでも、能力のある人なら自分で探した方が手っ取り早いことが多いので、あてにしない方がいい。
一昔前まで、翻訳家というのは特別な才能のある人だけがなれる、あこがれの職業だった。現在は、翻訳学校などの教育機関や業界情報誌が充実しているので、体系的にきちんと学習すれば、比較的多くの志望者がプロになれる。マーケットが小さいため新人に仕事の機会がなかなか回ってこない、出版や映像分野に比べれば、産業翻訳は身近な職業の一つだといえるだろう。
独立開業後1年以上のキャリアのある翻訳者の年収はおおよそ左のようになる。ご覧の通り、非常に大きな格差があり、フリーランサーの世界の厳しさを示している。中央値は200〜300万円だろうか。
主婦兼業翻訳者など、家事や育児を優先している人でも、経験を積めば平均的なパートタイムの仕事よりもいい収入が得られることが多い。
日本国内で扱われる翻訳案件のほとんどが、英語-日本語間のもの。英語が国際ビジネス社会の標準語であることを反映している。最近は英文和訳の方が和文英訳よりもわずかに多いようだ。
中国語、ドイツ語などのアジア系や欧州系の言語が続く。
首都圏には、多国籍業の本社や海外部門が集中しているため、翻訳の需要も多い。
中京圏では機械関係が多いなど、地域経済の特色を反映している。
産業翻訳業界では、外部翻訳者の採用にあたって面接は行わない。打ち合わせ等も、すべて電話やFAX、電子メールで済ませる。このような慣習のおかげで、地方在住者でも首都圏の翻訳会社と取り引きできるわけである。
※以上のデータはすべて独自調査に基づく推定値です。精度等の保証は一切行いません。
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